近世になると地動説が常識となり、1781年に天王星が、そして1846年に海王星が発見されました。このことにより、古代からの占星術の理論基盤が揺らぐこととなり、「西洋占星術」は次第に衰退し、既に忘れ去られたような存在にありました。
19世紀の終盤、占星術の世界に颯爽と登場したのが、モダーン占星術の祖・アラン・レオです。彼は、英国で自動販売機のセールスマンとして生計を立てながら、独学で占星術を学んでいました。彼にとっての決定的な転機は、『セファリアル』のペンネームで、占星家として活躍していたW・ゴーン・オールドとの出会いでした。オールドは、神智学協会の有力なメンバーだったのです。
この神智学は、ロシア人のヘレナ・P・ブラバッキー女史によって創見され、20世紀における世界のオカルティズムの流れを決定づけたものと云えます。この協会からは、人智学協会のルドルフ・シュタイナー、神秘学徒のアリス・ベイリー、中央アジア探検家で画家のニコライ・レーリッヒ(国際文化財保護条約であるレーリッヒ条約の発案者)、音楽家のスクリヤビンなどなど、多彩な人材を輩出しております。
ブラバッキ―を霊的に指導したのは、聖白色同胞団のクートフーミ大師とモリア大師と言われています。しかし、彼女に大著「シークレット ドクトリン」を書かせたのはDK大師でした。DK大師は、大師方の中でも一番宇宙の神秘に通暁されていると言われており、かつて弘法大師空海としてわが国に生を受けたとの風説もあります。空海が占星術の経典「宿曜経」を大陸から初めて請来したことからして、なんとなく頷けるものがあります。
レオは、オールドを通して、神智学協会の教えに魅せられ、1890年にこの組織に入会しました。そして会の活動の一環として、『アストロロジャーズ・マガジン』という雑誌を創刊しています。
そして、研究や著作を通して古典占星学を簡略化し、新たにサン・サイン・チャートの有効性を説いたり、未来予知のためのプログレス理論など、現代占星術の基本理論の数々を構築致しました。その功績により、神智学協会内に『アストロロジカル・ロッジ』を設立するに至ったのです。
彼の活動範囲は極めて広範で、深層心理学やサイコセラピー、そしてスピリチュアリズムにまで及びました。しかし、彼の占星術の基盤にあったものは、ブラバッキーの神智学であり、神智学協会こそが、20世紀の占星術の母体であったのです。
アラン・レオ以降、モダーン占星術をさらに活性化させたチャールズ・カーターやマーガレット・ホーンらも、みな神智学協会の会員でした。
このモダーン占星術の延長線上にあるのが、神智学協会の会員であったアリス・ベイリーの『秘教占星学』です。ある時、彼女の眼前に、聖白色同胞団の覚者、DK大師(マスター・ジュワルクール)が出現されました。そして、アリスに1万ページにもおよぶ膨大で難解な神秘書を書かせたのです。『秘教占星学』は、その大著の一部にしかすぎませんが、人類が霊的に進歩した時代の占星学を示唆していると言われております。
このように、モダーン占星学は、霊的影響のもとに産まれと言っても過言ではありません。
アラン・レオは、古来からの占星学理論を、神智学に基づいて省略改編した張本人として、まるで占星学を改悪した元凶のように言われる場合が多々ありますが、われわれはもっと彼の真実を知る必要があるのではないでしょうか。彼の著作の翻訳が待たれます。
最後に、DK大師が、アリス・ベイリーを通して万人に示した、『大祈願』を記して終わりたいと思います。
神尾学先生のもとで「秘教占星学」を勉強していたとき、イベントに鏡リュウジ先生がご参加になり、いろいろとお話しくださったのですが、その折に、この『大祈願』は、現在でも英国占星学協会の「秘教占星学」を信奉するグループによって唱えられているとのことです。
★★★★★★★
〔大祈願〕
神の御心の光の源より
光をあまねく人の心に流れ入れさせたまえ
光を地上に降らせたまえ
神の御心の愛の源より
愛をあまねく人のハートに流れ入れさせたまえ
キリスト(如来)よ、地上へ戻られたまへ
神の意志、
明らかなる中心より
大目的が人のとぼしき意志を導かんことを
如来は大目的を知り
これに仕えたまう
我らが人類と呼ぶ中心より
愛と光の大計画を成させたまえ
悪の棲処(すみか)の扉を封じたまえ
光と愛と力とをもて、地上に大計画を復興させたまえ